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383冊目 死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

著者:森達也

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

光市母子殺害事件の差し戻し審判の判決が4月22日に広島高裁で言い渡されます。犯行当時18歳を30日経過したばかりの元少年に死刑判決がでるのかどうかに注目されています。

この本は死刑制度の存置か廃止かといったテーマで弁護士、政治家、刑務官、死刑が確定する人、元裁判官、元検察官、犯罪被害者遺族などの人に話しを聞いて結論をだそうと展開していきます。

死刑は概念ではない。実存している。僕らが暮らすこの日常に地続きとなって。しぶとく重いままに、制度として存在している。拘置所という名の収容所に彼ら確定死刑因は暮らしている。彼らが吸う空気は、僕らが排出した空気でもある。彼らが排出する空気は、僕らが吸う空気でもある。

覗かれているのは僕だけじゃない。少なくとも死刑を合法の制度として残すこの日本に暮らす多くの人は、視界の端にこの死刑を認めながら、(存置か廃止かはともかくとして)目を逸らし続けている。

ならば僕は直視を試みる。できることなら触れてみる。さらに揺り動かす。余計なお世話と思われるかもしれないけれど。でも実際に人が死ぬ。誰かが誰かを殺す。誰かが誰かに殺される。そんな事態に対して不感症でありたくない。

だからできるかぎりは直視して、そのうえで考えたい。死刑は不要なのか。あるいは必要なのか。人が人を殺すことの意味は何なのか。罪と罰、そして償いとは何なのか。

死刑制度についての論理的な意見は存置、廃止それぞれにあります。片方が正しく、もう片方が間違っているといった問題ではありません。ですから論議しても解決しない訳ですが、まったく論議しないというのも進展がないのでいけません。

死刑制度は本当に難しい問題で著者自身は最後には結論を出しています。しかし、読んでいても最初から結論は著者の頭の中にあるようでした。余程納得できる理由がない限り考えは変わらない様子みたいで、いろいろと取材しているのですが途中でじれったくなってきます。

本の最後に本村洋さんの死刑についての思いが引用してあります。本村洋さんと元少年との年の差はわずか5歳です。犯行当時は少年でも現在は27歳です。

死刑問題の本質は、「何故、死刑の存置は許されるのか」ではなく、「何故、死刑を廃止できないのか」にあるのだと思います。換言するならば、「何故、権力は死刑という暴力に頼るのか」、「なぜ、国民は死刑を支持せざるえないのか」です。

「犯罪被害者が声高に死刑を求めている」からではなく、「社会全体が漠然と不安である」から、死刑は廃止できないのだと思います。

誰の命も絶つことは許されません、もちろん犯罪者の命も同じです。しかし、それ以上に何の罪もない人や幼い子供の尊い命を絶つことはもっと許されることではないと思います。また残された犯罪被害者の人たちを考えるとその犯罪に死刑判決がでることにも納得できます。たとえ論理的に矛盾していても結論は死刑制度存置派になってしまいます。

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