| 告白 著者:湊 かなえ |
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知人に薦められたので読んでみたのですが最初の数ページで あっという間に惹きつけられました。一字一句、内容を読みのがさないように真剣に読んでしまいます。
簡単なあらすじを紹介すると、ある中学校の先生の4歳になる女の子がある日プールで水死体として発見されます。警察は事故として扱うのですが、その先生は愛娘が殺されたことに気づいてしまいます。先生はすぐに犯人は誰か分かるのですが、警察に通報するのではなく、違った方法で犯人の少年を裁こうとします。
まったく想像もつかない展開ばかりで、どんどん次が読みたくなるのですが途中いろいろと考えさせられるような文章もたくさん出てきます。
やはり、どんな残忍な犯罪者に対しても、裁判は必要なのではないか、と思うのです。それは決して、犯罪者のためにではありません。裁判は、世の中の凡人を勘違いさせ、暴走させるのをくい止めるために必要だと思うのです。
ほとんどの人たちは、他人から賞賛されたいという願望を少なからず持っているのではないでしょうか。しかし、良いことや、立派なことをするのは大変です。では、一番簡単な方法は何か。悪いことをした人を責めればいいのです。それでも、一番最初に糾弾する人、糾弾の先頭に立つ人は相当な勇気が必要だと思います。立ちあがるのは、自分だけかもしれないのですから。でも、糾弾した誰かに追随することはとても簡単です。自分の理念など必要なく、自分も自分も、と言っていればいいのですから。その上、良いことをしながら、日頃のストレスも発散させることができるのですから、この上ない快感を得ることができるのではないでしょうか。そして、一度その快感を覚えると、一つの裁きが終わっても、新しい快感を得たいがために、次の糾弾する相手を捜すのではないでしょうか。初めは、残虐な悪人を糾弾していても、次第に、糾弾されるべき人を無理矢理作り出そうとするのではないでしょうか。
そうなればもう、中世ヨーロッパの魔女裁判です。愚かな凡人たちは、一番肝心なことを忘れていると思うのです。自分たちには裁く権利などない、ということを・・・。
イジメやマスコミの報道など、ここに書かれている事柄で世の中は溢れています。いつもいつも糾弾する人を捜し、政治家や官僚や犯罪者をターゲットにして情報を垂れ流しているテレビは典型的な例のような気がします。
一度読んだだけでは理解できてないところもありそうで、何度か読み直してみるとまた違った発見ができそうな本です。最後まで読んでもまだ続きが読みたいと思ってしまう本でした。
今日で今年も終わりです。このブログを訪れていただいたみなさんどうもありがとうございました。どうかよいお年をお迎えください。
若者の人間関係にかんする本
389冊目 友だち地獄
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